抄訳: キム・ヒョンジン「History Has Failed Us, but No Matter」(2019)

根来美和と丸山美佳による現代の芸術実践に重要な論文やテキストの勉強・研究・翻訳プロジェクトの第二弾は、2019年ヴェネツィア・ビエンナーレ韓国館『History Has Failed Us, but No Matter*』の展覧会カタログからキュレーターのキム・ヒョンジンのテキスト「History Has Failed Us, but No Matter」(Mousse Publishing、2019年、6-23頁)の抄訳。

🌟概要と意図🌟
ワルター・D・ミノーロらのデコロニアル理論とジャスビル・K・プアらのクィア理論を援用した本テキストは、あくまで展覧会という実践の根拠のためのテキストであり、言説として完成したものではない。東アジアの伝統と近代性の複雑性、そしてその複雑性のなかに生きる主体性についての問いを投げかけるが、テキストでは最後まで回答されることはなく、むしろこれらの理論を咀嚼できていない粗が目立つテキストであると言っていい。しかしその回答は、ナム・ファヨン、サイレン・ウニョン・チョン、ジェーン・ジン・カイセンによる映像インスタレーションの有機的な実践として表現されていたといえる。ジェンダーと伝統を扱う三作家それぞれのアプローチを共鳴させ、東アジアの文脈から近代の神話を撹乱させる実践を身体から感じさせるような、身体的体験としての展示空間を見事に作り出していた。そのため、作品と展覧会を補完するテキストとして「キュラトリアル」な説得力はあるが、それゆえにカタログテキストという範疇を超えることはない。
 しかし、なぜ私たちはこのテキストを重要だと思うのか。それは、いまある理論をいかに実践に繋げるかというキュレーターの問いと大きな意味での東アジアの課題を、自身がそこに生きて経験する環境、そして知識が生産される場所として受け取り、キュレーターとしての彼女なりに正面から向き合っているからであるーー少なくとも私たちはそう思ったし、同時に私たちが直面している課題でもあると受け取ったからである。ヒョンジンは彼女より上の世代を批評的な視座で見つめ、現代的な理論を持ってくることで、世代間のギャップと前世代が抱えるパラドックスを語り、現代の世代、さらには未来の世代へと繋げようとしている。しかし、テキストーーそしてヒョンジン自身ーーは、オリエンタリズムとオクシデンタリズムの狭間を扱いつつもそこから抜け出せていないようにも見えるし、結局はパラドックスを抱え込むという「近代性=モダニティー」の持つ複雑性をも帯びている。
 このような問いを東アジア出身のインスティテューションのキュレーターがやるということ、そしてその問いは彼女自身が欧米を拠点とするキュレーターとして東アジア表象の問題を扱わざるをえない現在進行形の問題から発生しているという背景も重要である。「さあ、いまある理論を使って私たちは何を考え、何をしていくのか? 」と問いかけ、同時にこれからの世代が理論をどう実践に活かしていくかという一つの例を、前のめりになりながらも大きな一歩として提示しているように思われる。

* タイトルの「History Has Failed Us, but No Matter」は訳すとしたら「歴史は私たちを失望させてきた、だがそれでも構わない」になるが、イ・ミンジンの小説 『パチンコ』の冒頭から来ている。在日韓国・朝鮮人ディアスポラを題材に、1910年から1989年の親子四世代と彼らが辿った時代や価値観、そして常に付きまとう母国喪失や人種差別への葛藤を巡る話であり、ヒョンジンが冒頭と脚注ではっきりと示しているように、西洋的近代化と異性愛家父長制度のあり方への疑問を投げかけた小説でもある。
* 英語「modernity」に関しては、時代を示す場合は「近代」、デコロニアル理論的なコロニアリティーと表裏一体の概念に近い場合は「モダニティー」と訳している。
*展覧会に関しては、根来・丸山の対談「ヴェニス・ビエンナーレ2019: 境界線との向き合い方 (東アジアのパビリオン編)」も参考に!



History Has Failed Us, but No Matter


精神からではなく身体からこそ疑問が生じ返答を模索するのだ。思考を求めるのは精神ではなくむしろ身体であり、ファノンの黒人の身体が投げかける疑問は、その身体が黒人のものであるために生じるわけではなく、モダニティーの帝国的レトリックの中で黒人の諸身体が否定され続け、あるいはヒューマニティーを疑い続けてきているからなのである。*1
ーーワルター・D・ミノーロ

触覚の経済(Tactile economies)は、認識論的に知ることよりも存在論的に知るということを再主張し、可視のものを通して判読可能と想定されるものに対して、接触、質感、感覚、匂い、感情、および情動を強調する。*2
ーージャスビル・K・プア

 この展覧会は東アジアにおける近代化の歴史をジェンダーのレンズと伝統という媒体を通して探求するものである。西洋への懐疑と同程度に異性愛男性という規範に疑問を呈する本展は、今日のアポリアに刻まれたモダニティーの様々な境界や境界線をめぐる議論でもある。とりわけ、アジアにおける近代化の過程の諸問題を批判的に理解するなかで、本展覧会はどのように伝統がモダニティーと密接な関係を持ちながら創案され生み出されたかを考察し、西洋的なモダニティーの規範を乗り越えるジェンダーの複雑性を知覚することで、アジアにおいて伝統が持つ解放への潜勢力を探求する。過去10年間、サイレン・ウニョン・チョンは韓国社会におけるクィア・パフォーマンスの系譜学を構築し、さらにクィアする* という概念とその美学を探求しながら、急速に失われてしまった韓国の伝統演劇の様式であり女性の演者のみから成るヨソン・グックを基に作品を制作している。ジェーン・ジン・カイセンは、コミュニティから追放された娘の物語であるバリ公主神話を、ディアスポラのメランコリアや西洋のコロニアルな近代(the West’s colonial-modern)のリミナリティーを脱する新たな可能性として読み解く。ナム・ファヨンは、20世紀の振付家・舞踊家チェ・スンヒの活動を探求する。スンヒは東アジアの舞踊に大志を抱き、絶えず近代的境界線と衝突した。国家という観念やイデオロギーと闘いながら、近代的考案を生み出したからである。第58回ヴェニス・ビエンナーレ韓国館の展覧会「History Has Failed Us, but No Matter」*3で展示されるこれら3名の作品において、西洋のモダニティーを追い求めてきた東アジアの近代化のモダリティ(様式)を丹念に探り、リサーチし、発見し、再考し、ついには遮断する全過程を通して「伝統」が重要な媒介としての役割を担っている。

* queering: 規範を攪乱させ境界を越えようとする試みあるいは行為と捉え「クィアする」と訳している

 実際のところ、伝統を介して現代を語ることはオリエンタリズムとオクシデンタリズムの古い問題に取り組むことであり、ジェンダーの多様性という観点とはしばしば相入れないアジアの伝統が位置づけられる家父長制度内の行き詰まりの打開を含んでいる。ヨーロッパにおける最も古いグローバルなアートイベントの期間中に、アジアのナショナルパビリオンで開催される本展覧会はそれゆえ、ヨーロッパ中心主義、ナショナリズム、オリエンタリズム、オクシデンタリズムにまつわる様々な境界、障壁、警告を通して誤読されたり召喚される過程とも絡み合っている。

(…)

 展覧会の準備期間中、私より上の世代のアジア人女性キュレーターに会った。彼女は私のキュラトリアルな提案に疑念を抱いているようで、女性/ジェンダーという他者、伝統、近代といった問題は、西洋という舞台におけるオリエンタルな戦略ではなかったのかと聞いてきた。彼女がほのめかしていたのは、私がヨソン・グックやチェ・スンヒの東アジアの舞踊、バリ公主神話といった伝統的なものを利用することで、ばからしいほどにオリエンタリズムを誇張し、アジア人女性アーティストを西洋オリエンタリズムの消費対象として見せているということだった。数年前にプロジェクト「実現され(なかっ)た伝統(Tradition (Un)Realized)」について話しているときにも、同地域出身の他の女性キュレーターから同様な批判を受けた。このプロジェクトはアジアの近代と伝統、そして地域的な近代の複雑さにまつわる論争の間の相互的再生産を探求するものだった。近代教育の受容者であるアジアのエリートが伝統から自身の距離を置き、何か劣るものとして伝統を抑圧している現象とその複雑な問題について私が説明した際、彼女は伝統から自由になるために闘った前の世代を尊敬するべきだと主張し、感情的に応答をしてきた。もちろん、彼女らの批判は断片的な判断であり単に推測だったように思われるが、複雑化したジェンダーの知覚を取り巻くある程度のアポリアの深い闇を証言する一方で、私にとって彼女らの反応は、東アジアの社会における近代と伝統に備わってしまった性質について考えるための瞬間であった。
 この二人の女性は同世代で、私と同地域の出身である。家父長制度と保守主義下で育ちながら近代的教育を受け、職業的地位を見頃に確立した彼女たちに敬意を払っている。彼女たちの経験や葛藤は、私の世代がこの半世紀で経験した東アジアの社会の急速な発展とは同じ尺度で計ることはできないだろう。おそらく、彼女たちは伝統を抑圧的な家父長制に沿うものと捉えており、彼女たちの伝統への抵抗は東アジアの家父長制社会に対する異議のなかにあるのだろう。それゆえ、彼女たちが身を置く歴史的座標を見過ごすべきではない。私が理解する限り、彼女たちは西洋社会やエドワード・サイードによる「オリエンタリズム」の概念に関連する美術史や批判理論を学んだ世代の、制度の中に組み込まれたキュレーターなのであり、オリエンタリズム的な消費主義のなかに位置付けられる美術操作に意識的にならざるを得なかった。オリエンタリストが伝統を利用することに警戒する地域的傾向に対して、批判的に思考する彼女たちの流儀に強く共感している。しかし一方で、西洋からオリエンタリズムの問題点を学んだにも関わらず、彼女たちの世代は自らを西洋よりも常に劣る存在だと検知し判断してしまうというパラドックスを受け入れているのも事実だ。西洋の言説を内面化することで得た知識のヒエラルキーを誇示し教訓的に行使するような権威的立場にいる彼女たちにとって、打破し得ない西洋中心の知識のヒエラルキーを信じる考えが拭えない影のように彼女たちにのしかかっている。そのような立場の内側にこそ、帝国の受容とそのヒエラルキーへの追従が紛れもなく呼応しているのである。また、彼女たちの思考から生まれた不安は、間違いなく、オクシデンタリストの視点に内在する複雑なあり様と連座している。
 実際のところ、オクシデンタリズムの視点からオリエンタリズムを調査したり内面化したりする過程と、アジアの社会における西欧的近代化を区別して吸収するという過程はとても複雑なものである。ワルター・ミノーロが指摘するように、モダニティーを賛同し支援する場合、その目に見えない片割れであるーー植民地主義ーーに目を向けなかったり、見ないふりをする問題にこそモダニティーは存在している。今日の非西洋キュレーターやアーティストで熱烈にデコロニアルな実践を追求している者たちは、彼ら自身がオクシデンタリズムかオリエンタリズムどちらかの操作者ではないのかどうかをあまりにも頻繁に確認し検査をするか、これら二つの視点をいかに乗り越えられるのかを追求する。ナショナリズムと反植民地主義が一つのものとして読解される強い傾向がある現在、ナショナリズムから抜け出す現代美術のある種の衝動が実際には内面化した帝国主義的な思想のもう一つの形式なのではないかと絶えず尋問するのだ。そうすることによって、多数の境界線の間の揺れ動きの中に自分たちを位置付ける。実際、そうした複雑な文脈のせいで、伝統に関連した物語や近代化の過程でのジェンダーと伝統が交差する場所にアプローチすることは、東アジア女性にとって、アジアにおける西洋近代化のプロセスのなかに埋め込まれた多数の衝突と分裂、そして暴力行為を証言し直面する方法である。そうすることによって、彼女らは外側の世界との関係にある複雑なインターセクションの反映を経験しながら、繰り返し踏み外さざるをえないのだ。ミノーロによれば、そうしたローカルな知識人が獲得した認識論的な強度こそが、まさに西洋のモダニティーの限界を認識させるものなのである。しかしその強度は、過去5世紀に渡って常に西洋を判断の基準として認知し、その基準よりも価値のないものとして感じられてきたものでもある。
 では、アジアの女性とノンバイナリージェンダーは西洋の規範から、アジアの家父長制から、そして国民国家からいかに解放されることができるだろうか? まずは、西洋の植民地の歴史を前提としたモダニティーは常にコロニアル-モダニティーとして明言されるべきだとするワルター・ミノーロの議論の中に手がかりがある。もう一つの方法は、多様なジェンダーの解放をもたらすナラティブを「多元的」に実現するよう励むことである。そうすることで、私たちはコロニアルなモダニティーを生み出すものから自分たちを切断し、自分が住む場所の主体として定義することができる。本展覧会では、それが伝統を媒介とし身体的動作の情動的経験を通して起こる。ビカミング(何かになる)という行為は、家父長制度の構造と西洋の普遍的な歴史における直線的思考から断絶する極めて重要なアッサンブラージュなのだ。


クィアアフェクト、クィア・アッサンブラージュ

(…)サイレン・チョン・ウニョンはヨソン・グックの稽古の過程で、一つの世代から次の世代へと口頭で伝えられる「身体間伝達(inter-body transmission)」の側面を強調する。それには、声による音(チャン)の習得だけでなく、身体の動きと演劇的な身振りも含まれている。言い換えれば、あるジェンダーになっていくこと(ジェンダー・ビカミング)と身体間の遭遇によって転移する伝統の要素である。そのような口伝えの伝統は、境界や境界線を乗り越える経験を包含しているように、ある種の過剰な感覚を伴っている。《A Performing by Flash, Afterimage, Velocity, and Noise(フラッシュ、残像、速度、雑音によってパフォーマンスすること)》において、チョン・ウニョンはそのような過剰な感覚の追求を実験をしている。彼女は単にジェンダーのアイデンティティや指向性を強調するだけでなく、私たちが常に経験している感覚と情動によって歴史の規範がどのように遮断されるのかを問う。 音とフラッシュの摩擦を利用して、安定した穏やかな視覚的慣習を乱し超過するような揺さぶりかける触覚へと置き換え、最終的にはパフォーマンスアートの実践で持続されてきた身体のポリティクスを最大化する。

(…)

 ではなぜそのようなクィア的時間と体験が必要なのか? 近代のリミナリティ、伝統、そしてヨソン・グックのクィア・パフォーマンスに内在するクィアを転覆させながらアッサンブラージュを知覚することは、単に性の主体の領域を表象する方法であるだけではなく、ジェンダーの体験を不明瞭にする社会的行為へと進むことであり、性のアイデンティティーと境界線を不規則で(アブノーマルな)感覚に備わった性質を通して考えることである。今日、韓国を含めた複数の社会において、歪んだ異性愛またはシスジェンダー中心のフェミニズムがクィアやイスラム教難民に対するネオリベラルな権利や恐怖症と結託する現象がみられる。(…) レイシズムやナショナリズム、家父長制度を見過ごしながら、行為主体性として性の抑圧を通してのみクィアを考えてしまうと、ある者はその他全員に対して警戒するようになってしまう。だからこそジャスビル・K・プアはクィア言説の同化戦略から逃れ、それよりもアブノーマリティや周縁化された立場を主張し追い求め、クィア容認の(再)生産を通してノーマリティの線引きを規制する排除の枠組みに意義を唱えるようなクィア・アッサンブラージュを主張するのである。ここでプアが「アッサンブラージュ」というのは、感情、触覚性、存在論、情動、そして情報に関係している。つまり、アッサンブラージュは「存在論に恩を受けつつ、知られていない、見えない、聞こえない、あるいはまだ知られていない、見えない、聞こえないものを擁護しながら、ビーイングス(何かであること)を超えたビカミングス(何かになること)を可能にするのである。」*8

(…)

 伝統がナショナリストの言説で活発に利用されている東アジアの社会において、作家がヨソン・グックの中で見出し増幅したクィア・アッサンブラージュは、実際はパラドックスな挑戦である。近代化と家父長制度が密接に関わっていることと、ある種のねじれたアインデンティ・ポリティクスが非シスジェンダーや難民へのヘイトの声へと退化した今日の状況を考慮すれば、ウニョンの作品は感覚と情動を通してアブノーマリティーのより基本的な経験、つまり、クィア的時間の出現とその存在を誘発し抱えて行く。この作品はパフォーマンスと、レズビアン、トランスジェンダー、そしてディサビリティを持つクィア女性を見せている。彼らは不協和音であるが触覚的な雑音、接合、分離を通して、パフォーマンスの慣習的な論理に挑戦し身体的な不調和を作動させている。《A Performing by Flash, Afterimage, Velocity, and Noise》では、その束縛を打ち砕くために、ウニョンはメディアとその物理的な力を国際的な観点からは節度を欠いてーーむしろ悪用とも言えるーー使用する。


踊ることさえできれば

 ナム・ファヨンによる2つのビデオ・インスタレーション、《Dancer from the Peninsula and A Garden in Italy(半島から来た舞踊家とイタリアの庭)》は舞踊家チェ・スンヒ(1911-1969)を追った作品である。20世紀にすでに東アジアの舞踊を夢みて世界中を旅行するようなコスモポリタンの生活を送っていたチェ・スンヒの芸術実践は植民地主義と冷戦のイデオロギーとの分断や性質に絶えず滑り落ち、ディアスポラのなかにその命を失った。

(…) 東アジアの舞踊を「考え出す」ことに熱心であったチェ・スンヒは、抗えない歴史の軌跡を示している。卓越した日本人振付家・石井漠に西洋舞踊を学んだひとりのアジア人女性が、西洋の近代とオリエンタリズムと出会ったことにより、伝統の創案を再認識しそれを試みたのだ。しかし、オクシデンタリズムの経験を通して彼女が進んでオリエンタリズムの戦士になったからといって、彼女は両者の単なる手段として奉仕したにすぎないと言い放つことはできない。彼女ははっきりと、日本と植民地朝鮮との違い、西洋の帝国とアジアの帝国との違い、そして西洋の近代と近代的になりゆくアジアとの違い、そしてその連続性を自覚していた。彼女の舞踊における試みは単なるオリエンタリストの産物であったのだろうか?

(…)アーカイブ資料や音声映像などの要素を振り付けするように配置することで、ナムはチェ・スンヒが夢見、追い求めたものの、決してたどり着くことが出来なかった抽象的で相反する空間の輪郭を描いている。(…)チェは、舞踊、動き、舞台、戦争、歴史的な混乱、国家の騒乱と国境の感覚を巡る特有なアッサンブラージュの例である。チェが生きた時代は、リミナルな人物としての彼女が二分された国境の両側を超えていくことを許さなかったため、ナムの作品におけるチェの動きと声の修復は、彼女を通り抜けた近代の葛藤について私たちを考えさせる。 

(…) 私たちがチェに下した有罪判決は、本当に今日の韓国社会の家父長的な言説や東アジア諸国を互いに競争させたナショナリズム的な言説とは違うのだろうか? これまでずっと彼女の後を追い続けて来た二つのキーワードはタブーと違反である。彼女の存在は、現代の国境を越えて奮闘した近代のアジア女性の計り知れない、自由で、国境のない精神を思い出させる。「半島から来た舞踊家」はチェの盲目的な神話化を繰り返すことも、彼女のダンスを表現することもしない。代わりに、ナムの独特で鋭敏な感覚により、チェの多くの資料と軌跡をたどり、彼女の人生の断片を遭遇、パサージュ、そして情動の領域へと変換する。それは、複数の身体をより広い世界に向けて展開するのだ。より大きな世界との出会いによって生み出された東アジアの舞踏を精力的に探し求めた植民地時代の女性芸術家であるチェから召喚できるのは、すべての近代の境界とマトリックスを自由に侵入しようと懸命であった舞踊する主体の現れである。


バリ、リミナルな者

(…) 完璧に秩序化されたナショナリズムが既存の儒教的家父長制度と結びついたとき、個人や女性、非異性愛者への抑圧や拒絶は社会における主潮の物語となってしまった。ジェーン・ジン・カイセンは、個人の証言や記憶を扱い、戦争や国民国家、植民地主義を含むモダニティの境界線づくりの過程全体にみられる他者への暴力、特に女性への暴力の歴史を探ってきた。(…) カイセンは彼女の個人的なディアスポラの経験と強く共鳴するバリ公主神話を、東アジアの近代化の様々な問題に伴って新たに展開しうる物語として読み解く。

(…)

 《Community of Parting(分け目にあるコミュニティ)》は、神秘的な人物バリのいかなるイコン的イメージをも示さない。それどころか、間違いなくモダニティーのイデオロギー的装置と言えるカメラのレンズがまるでバリの目線から撮影したかのようなシーンを送り届ける。叙情的でありながら思慮深い黙想のあり方を抱擁しながら、カメラは東アジアの都市と辺境に匿名的に存在する無数の女性たちの姿をまなざし、陸と空との間を上下に移動する。近代のマトリックスの傷跡を残しながら、これらの場所は暴力と傷の場所となってきた。しかしカメラの繊細な眼差しが捉えるのは、海の波であり、森林が空と出会う地平線であり、呼吸する荒野である。現在は荒れ果てているかもしれないがいつか居住の場所に、そして生政治の場所になる潜勢力をひめた荒野。これがバリの空間ーー分断のない空間、「分け目にあるコミュニティー」が生き住まうことのできる空間ーーなのだ。

(…) 

 韓国館展覧会における三人のアーティストの主要な関心事とは、コロニアル/モダニティ、ジェンダー/他者、トランスナショナリズムという概念とともに、主に近代と国民国家、伝統、そして家父長制度の合併によって形作られた東アジア社会のアイデンティティの概念を置き換える試みをすることである。ジェンダーの多様化と複雑化という観点によって明らかにされた伝統は、伝統の束縛に取って代わることができる。歴史的な介入の複雑な物語のアッサンブラージュを生成しながら、この三人のアーティストはシステムと権力の論理に抵抗し裂け目を作り出し、文明、慣習の暴力、そしてそのような歴史の規範が現代においてどのように発展するのかを鋭く問いかける。音、リズム、波、そして散乱するイメージと身体的動きの連続によって表明される触覚的知識と情動の経験のパフォーマンスで溢れ、本展覧会は、覆い隠され、忘れ去られ、追放され、非難され、そして沈黙させられた者たちの空間を作り出そうとする。ここでは、彼らは囁き、歌い、泣き、ためらい、笑い、表現し、動き、踊る。そして、最終的には声を大にして言う。歴史は私たちを失望させてきた、だがそれでも構わない。

原註
1. Walter D. Mignolo, The Darker Side of Western Modernity: Global Futures, Decolonial Options (Durham/London: Duke University Press, 2011), xxiv.
2. Jasbir K. Puar, “Queer Times, Queer Assemblages” ed. David L. Eng Jack Halberstam and José E Muñoz, Social Text (2005), 23, issue (3-4 (84-85): 134.
3. 本展覧会のタイトルはイ・ミンジン『パチンコ』の最初の文から借りて来ている。本書は、在日朝鮮・韓国ディアスポラの力強い物語であり、20世紀の東アジアの混乱のなかでサバルタンとしての位置づけられた女性の波乱の生涯を描いている。Min Jin Lee, Pachinko (New York: Grand Central Publishing, 2017)
8. Jasbir K. Puar, ibid., 128.

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